2008年08月18日

くらしきを訪ねて

《倉敷》と書くと我々はどうもダムや廃棄物処理場を思い浮かべてしまう。(実際沖縄市にそんな場所がある)
そうではない。岡山県倉敷市のことだ。
漫遊国のメンバーと共に、あるイベントの事で行って来た。拡大解釈すれば仕事なのだ。
僕は倉敷の事はかつて紡績で栄えた町だとか、巨大水島コンビナートの所在地である事だとか、確かいつだったか開通した瀬戸大橋の本州側だったかな? 程度の事しか知らなかった。僕にとっては処女地なのである。











江戸時代この地は天領であり(幕府の直轄地)、地方藩の影響を受ける事無く豊かな自然を背景に物流の中継地として栄え、商人たちによって白壁の土蔵と屋敷が多数作られた。それが現在も『倉敷美観地区』として保存されており、その美しき街並みは全国から多くの観光客を呼び寄せる。
しかし倉敷での旅遊記は他のメンバーが書いているので、ここでは譲る。

僕が最も興味を惹かれたのは、倉敷駅前の商店街についてであった。
倉敷商工会議所の岡副会頭と倉敷文化振興財団の方々に案内してもらった。
大型店舗の台頭やライフスタイルの変化等々、ご他聞にもれず、これまで賑わっていた倉敷の商店街もじわじわと空き店舗が目立つようになっていったとの事。わが街同様全国何処の地方都市商店街でも、当たりまえによく耳にする話である。
しかしこの近年、駅前のえびす商店街あたりに少しずつ変化が見られるのだと言う。
シャッターが上がり始め、空き店舗率が減り、人々が再び街で買い物をするようになったと言う。

様々なイベントを展開し誘客につなげた事もあるが、家賃が下がり始め外部からの出店希望者が増えた事、さらに地元商店街の人たちも自分の本分である商売そのものを見直し、大規模店舗では真似の出来ない店作りを研究・実践して来た事が空き店舗率の低下に結びついたのではなかろうか。との事であった。

確かにここには思わず覗いて見たくなる様な魅力的な店が多い。
昔ながらの八百屋も肉屋も魚屋もある。昭和レトロの駄菓子屋にはラムネが冷やされていてその近くにブランド品専門のバッグ屋があったり、倉敷の街によく似合う白壁の骨董品屋や備前焼専門の店がある。
ある靴屋では4万円以上もする革靴が展示されていて、聞くと、これは見本でこの店は店で製作したオリジナルの靴しか販売しないとの事。そしてお客さんの足に合わせたオンリーワンシューズの専門店でもあるとの事。メーカーのシューズを仕入れて薄利多売の商売をするよりも、この方が商売として十分成り立つのだそうである。




















『商店街には大規模店にないような色んな種類の色んな性格の店があって、それぞれがお客様のニーズに応えていってそれぞれが固定客を持っている。そういう魅力的な店が増えればおのずと客も戻ってくる。』

などとその夜の反省会(飲み会)で倉敷地ビールを飲みながらエラソーな事を赤ら顔のしたり顔で、ホザく僕がいた。
しかし…。 言うのは簡単だよな~。



観光ビューローが運営する観光案内所。休憩が出来て、コインロッカーがある。利用率は高いそうだ。

タグ :倉敷
Posted by 漫遊国 at 17:49 | Comments(0) | TrackBack(0) | 漫遊記

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