2009年03月28日
スポーツコンベンションシティー
毎年冬の期間(1~3月)は、本土からプロ・アマ・学生の野球・陸上をはじめ様々なスポーツのチームが春季キャンプを張る。
この事はこのブログに以前から何度か紹介するが、今年も沖縄市にはかなりのチームが来てくれた。
沖縄市は、合宿誘致に20数年前から行政と業界が一体となり取り組んでいて、合宿受け入れの先駆者であり受け入れ種目、人数とも県内トップクラスである。
去年のデータでは、沖縄市だけでもスポーツ関連の合宿及びコンベンションで、1万数千泊の宿泊実績を残した。
これはもはや産業と言えよう。その事を県内の他の市町村が指をくわえて見ている訳はなく、景気の落ち込みでかげりの見える観光産業の中で唯一ともいえる成長分野の合宿は、多くの市町村が積極的に誘致活動に取り組んでいる。
極私的に言わしてもらえば良い合宿地の条件とは、温暖な気候はもちろんであるが、トレーニング施設の充実、栄養面などを考えてくれる良好な宿舎、病院や商店街があり物の調達が容易に出来るような都市機能を有し、なお且つ交通渋滞の少なく休日には散歩や息抜きの出来るような環境を持つ街。
どうだ! コザをおいてほかにあるまい!(かなり強引な論法ではあるが…)
しかし、今年は少しだけなんかヘンである。僕の肌感覚なのであるが沖縄市へ合宿で訪れるチームが全体的に減っているようだ。景気の低迷で廃部・休部に追い込まれたチーム、あるいは運営費の削減で合宿地の変更もしくは取りやめたチームも一部あるが、それよりも他地域への合宿地変更もかなりあると聞く。
杞憂かもしれないがこの合宿産業がなくなると、宿泊業のみならずそこに食材を供給する業者、居酒屋、コンビニ、コザクラなどの怪しい飲み屋も少なからず影響を受ける。
沖縄市はスポーツコンベンションシティーを宣言しているが、業界も行政もどこかに先駆者としての慢心はなかったか、おごりはなかったか、今一度見つめ直したい。
今年、気になることがあった。
多くの陸上関係の合宿者(合宿者が最も多い)がトレーニングを行う県営陸上競技場が、来年のインタハイに向けての改修工事を今年の1月から開始し、閉鎖中である。
よって多くの競技者が、沖縄市営陸上競技場へ集中するのでかなりの混雑である。
さらに何らかの行事で沖縄市営陸上競技場が専用使用(貸切)になると、彼ら(合宿者)は行き場を失う。練習会場がない。せっかく沖縄まで来たのに…。
全天候型の陸上競技場は近隣だと北谷と嘉手納にある。しかしそんな時は決まって危機感を感じたどこかのチームが早い者勝ちで専用使用(貸切)で押さえてしまう。予算のない学生チーム等は不利である。
今年何度かそのような事態に直面した。
『練習会場がありません…』
幾度となく合宿者の嘆きの声を耳にした。
この様な非常事態であればこそ、行政が県市町村の垣根を乗り越え、中部地域どこかの競技場はオープンで開放し、市民や合宿者が使用できる場所を確保する位の然るべく対策があっても良いのではなかろうか?
『スポーツコンベンションシティ宣言』
1996年9月25日に沖縄市議会にて全会一致で議決されている。
おわり
タグ :スポーツコンベンション
2008年10月14日
とみとんへ行く
ショッピングを楽しむなどという事に縁の無い小生。
誰かと(特に女性)一緒に買い物歩きまくりなど苦痛以外の何者でもない。
買い物は市場と仲松商事だけで十分である。
先日、娘にせがまれてその苦痛の行脚を敢行した。
普段家庭を顧みない、しょぼくれ中年親父の家族に対する懐柔策であり罪滅ぼしなのだ。
悲しきニッポンの働くオヤジの正しき?姿を投影しているのである。
行き先は、南部豊崎地区に昨年鳴り物入りでオープンした郊外複合型大型商業施設『とみとん』。 はじめていく。
デカイ事もデカイがあのアウトレットモール『あしびなー』のまん前。
『あしびなー』だけでは不足なのか、さらに巨大な商業施設を作る発想が僕には理解できない。
それだけの購買力があると言う事か? それとも相乗効果ねらい?
しかし…。土曜日の昼過ぎであったが人がごった返すと言うほどでもなく、らくらく駐車が出来た。
店内を徘徊してみたが、流行に疎くショッピングに苦痛を感じるタイプの僕の眼には沖縄市周辺のそれと大差ないように映るのであるが…。
『あしびなー』も覗いてみた。観光客のレンタカーが結構多い。
いまやこのタイプのアウトレットや大型商業施設は全国地方の国道沿いには何処でも目にする。わざわざ沖縄まで来て買うほどの物があるのかなぁ。
こういう風景が、ニッポンの各地で普通になって来た。
そして沖縄でも普通になって来つつある。
“らしさ”はどこへ行ったのだろう。
市場や商店街。まちやぐわーに種種雑多の路面店。屋台。雑踏。賑わい。店員とのやりとり。しーぶん(おまけ)。いろんな人種のヒトたち。街のカジャ(におい)。音。猥雑。
“コザのらしさ”をこのように連想するのは僕だけだろうか?
などと空想しつつ、娘との2時間のショッピングと言う苦行を成し遂げ、コザの街へと帰途につく。
つづく
誰かと(特に女性)一緒に買い物歩きまくりなど苦痛以外の何者でもない。
買い物は市場と仲松商事だけで十分である。
先日、娘にせがまれてその苦痛の行脚を敢行した。
普段家庭を顧みない、しょぼくれ中年親父の家族に対する懐柔策であり罪滅ぼしなのだ。
悲しきニッポンの働くオヤジの正しき?姿を投影しているのである。
行き先は、南部豊崎地区に昨年鳴り物入りでオープンした郊外複合型大型商業施設『とみとん』。 はじめていく。
デカイ事もデカイがあのアウトレットモール『あしびなー』のまん前。
『あしびなー』だけでは不足なのか、さらに巨大な商業施設を作る発想が僕には理解できない。
それだけの購買力があると言う事か? それとも相乗効果ねらい?
しかし…。土曜日の昼過ぎであったが人がごった返すと言うほどでもなく、らくらく駐車が出来た。
店内を徘徊してみたが、流行に疎くショッピングに苦痛を感じるタイプの僕の眼には沖縄市周辺のそれと大差ないように映るのであるが…。
『あしびなー』も覗いてみた。観光客のレンタカーが結構多い。
いまやこのタイプのアウトレットや大型商業施設は全国地方の国道沿いには何処でも目にする。わざわざ沖縄まで来て買うほどの物があるのかなぁ。
こういう風景が、ニッポンの各地で普通になって来た。
そして沖縄でも普通になって来つつある。
“らしさ”はどこへ行ったのだろう。
市場や商店街。まちやぐわーに種種雑多の路面店。屋台。雑踏。賑わい。店員とのやりとり。しーぶん(おまけ)。いろんな人種のヒトたち。街のカジャ(におい)。音。猥雑。
“コザのらしさ”をこのように連想するのは僕だけだろうか?
などと空想しつつ、娘との2時間のショッピングと言う苦行を成し遂げ、コザの街へと帰途につく。
つづく
2008年02月14日
怒・怒・怒 vol.2
怒・怒・怒 vol.2
米兵女子中学生暴行事件の余波がかなりの波紋を広げている。
米兵の教育の徹底
事件の徹底究明
日米地位協定の運用見直し
の文字が新聞紙上に溢れる。
今回はどういう訳か米側の対応も妙に紳士的で神妙でさえある。
何か意図する所があるのであろうか?
などと過去のいきさつからして勘ぐりたくもなるのであるが…。
過去のことを思い出す。
日本復帰(1972年)前。
米統治下の時代。米兵がらみの事件が起こり、住民が騒ぎ抗議行動を展開すると
“米兵の犯罪に対する制裁と自粛”
“地元住民との摩擦・トラブルの回避”
を理由に、オフリミッツ令を全軍に発令する。
米兵及びその家族は基地外へ出てはいけない。という外出禁止令である。
するとどうなるか…。
米軍関係者の購買消費活動で生計を支える、コザの商売人はこれはたまったものではない。
BCストリート(現 中央パークアベニュー)やゲート通りの商店街から米兵が姿を消し軒並み売上ダウンを余儀なくされ、その状態が長く続くと経営の危機に瀕する。
すると商店街や通り会のどこからともなく
『オフリミッツを解除してくれ!』
悲痛な要請がなされる。
『米軍が駐留するから生活できるのだよ、逆らっちゃだめだヨ。』
と、ばかりに大国であり占領国である力をみせつけながら、やがて重い腰を上げオフリミッツ解除となる。
そんなことを何回か繰り返しながら、お互いおかれた立場を再認識させ、巧みに知らぬ間に意識下に刷り込んでいくのであった。
コザの人たちは、そんな環境にも卑屈になることなく立ち回り、制度の隙間を巧みにくぐり抜け経済活動を営み、家庭を育み町を形成していった。
しぶとく、したたかにかつ精力的に生きてきた。
そしてそこに独特のコザ文化なるものが生まれた。
この事件は、この町の経済活動に少なからず影響を与えるだろう。
こんなくだらない出来事で、この町を寂れさせたくない。
幾度となく苦難を乗り越えてきたのだ。
めげる事なく現実に立ち向かっていこう。
米兵女子中学生暴行事件の余波がかなりの波紋を広げている。
米兵の教育の徹底
事件の徹底究明
日米地位協定の運用見直し
の文字が新聞紙上に溢れる。
今回はどういう訳か米側の対応も妙に紳士的で神妙でさえある。
何か意図する所があるのであろうか?
などと過去のいきさつからして勘ぐりたくもなるのであるが…。
過去のことを思い出す。
日本復帰(1972年)前。
米統治下の時代。米兵がらみの事件が起こり、住民が騒ぎ抗議行動を展開すると
“米兵の犯罪に対する制裁と自粛”
“地元住民との摩擦・トラブルの回避”
を理由に、オフリミッツ令を全軍に発令する。
米兵及びその家族は基地外へ出てはいけない。という外出禁止令である。
するとどうなるか…。
米軍関係者の購買消費活動で生計を支える、コザの商売人はこれはたまったものではない。
BCストリート(現 中央パークアベニュー)やゲート通りの商店街から米兵が姿を消し軒並み売上ダウンを余儀なくされ、その状態が長く続くと経営の危機に瀕する。
すると商店街や通り会のどこからともなく
『オフリミッツを解除してくれ!』
悲痛な要請がなされる。
『米軍が駐留するから生活できるのだよ、逆らっちゃだめだヨ。』
と、ばかりに大国であり占領国である力をみせつけながら、やがて重い腰を上げオフリミッツ解除となる。
そんなことを何回か繰り返しながら、お互いおかれた立場を再認識させ、巧みに知らぬ間に意識下に刷り込んでいくのであった。
コザの人たちは、そんな環境にも卑屈になることなく立ち回り、制度の隙間を巧みにくぐり抜け経済活動を営み、家庭を育み町を形成していった。
しぶとく、したたかにかつ精力的に生きてきた。
そしてそこに独特のコザ文化なるものが生まれた。
この事件は、この町の経済活動に少なからず影響を与えるだろう。
こんなくだらない出来事で、この町を寂れさせたくない。
幾度となく苦難を乗り越えてきたのだ。
めげる事なく現実に立ち向かっていこう。
2008年02月13日
怒・怒・怒
怒・怒・怒!
女子中学生暴行事件。
またまた起こった米兵による蛮行。
コザに住むものとして、ウチナーンチュとして、イッペーワタムゲーイン(はらわたが煮えくり返る)!!
依然、同様の事件が起こった時に僕はたまたま居合わせたのだが
あるエライ議員さんがこの報を聞き、第一声
『ナンデ若い女の子がこんな時間にあんなトコを一人で歩いていたんだ!』
と被害者に対してイカっていたのを目の当たりにしたことがある。
本末転倒ではないか!
一番に糾弾されるべくは加害者であって、被害者ではない。
夜道を一人歩きしてはイケナイ。という法律はないはずだ。
たとえ私的な雑談とはいえ、言葉そのものが重要な意味を持つ政治家の発言である。
被害者の受けた心と体の傷を察すればこんな発言など絶対出てこないはずだ。
その数日後、彼が何名かの議員サン達と厳粛な面持ちで、在沖米軍最高司令官に
“綱紀の粛正”
を申し入れているのをテレビで見た。
今まで何百回となく申し入れをしてきた事だろう。
いつまでもなくならない米兵による卑劣な犯罪。
根絶する解決方法は一つしかない…。
そして、新たなる米軍基地を引き受けるということは同時にそれに付随する犯罪の可能性も引き受ける事になる。
ちなみに先程の議員サンは基地容認派で基地からのなんらかの収入がある。
女子中学生暴行事件。
またまた起こった米兵による蛮行。
コザに住むものとして、ウチナーンチュとして、イッペーワタムゲーイン(はらわたが煮えくり返る)!!
依然、同様の事件が起こった時に僕はたまたま居合わせたのだが
あるエライ議員さんがこの報を聞き、第一声
『ナンデ若い女の子がこんな時間にあんなトコを一人で歩いていたんだ!』
と被害者に対してイカっていたのを目の当たりにしたことがある。
本末転倒ではないか!
一番に糾弾されるべくは加害者であって、被害者ではない。
夜道を一人歩きしてはイケナイ。という法律はないはずだ。
たとえ私的な雑談とはいえ、言葉そのものが重要な意味を持つ政治家の発言である。
被害者の受けた心と体の傷を察すればこんな発言など絶対出てこないはずだ。
その数日後、彼が何名かの議員サン達と厳粛な面持ちで、在沖米軍最高司令官に
“綱紀の粛正”
を申し入れているのをテレビで見た。
今まで何百回となく申し入れをしてきた事だろう。
いつまでもなくならない米兵による卑劣な犯罪。
根絶する解決方法は一つしかない…。
そして、新たなる米軍基地を引き受けるということは同時にそれに付随する犯罪の可能性も引き受ける事になる。
ちなみに先程の議員サンは基地容認派で基地からのなんらかの収入がある。
2007年12月23日
師走に思う
師走に入り、街が活気付きあちらこちらで人々が溢れ、スーパーへ行ってもレジで並ぶことが多く、車に乗っても久々にコザの交通渋滞なるものを体験したりする。
昨今の不景気がうそのようだ。いつもこの調子なら
『この街をチャーガラサネーナラン!』(どげんかせんといかん)
の議論も起こらないのでは…と錯覚させられる。
個人的にも商売人としても、この時期が大好きだ。
しかし、ここ数年の現象だが、一人になり物思いにふけるとどうも心がワサワサ~してくる。
公私共に多忙になるという理由もあるのだろうが、祭りの前の高揚感とか遠足の前日の期待感といった類のものではなく、どちらかというと不安感に近い。
青年期にはこの時期、クリスマスやなんかで街やヒトの活気に感染されて、彼女なぞいなくても自由になる金もなくとも、なんとなく楽しく豊かな気持ちになったものである。
そしてすぐに正月がやって来て、物理的に何の変化はないのに一つ年を重ねなんとなく大人に一歩近づいたような、そんな充足感があったような気がする。
(あの頃は大人になりたがって背伸びする。あったでしょう皆さん!そんな時期)
中年期を迎えると、重ねる齢よりも残された時間の方が気になってきて、
『今年やり残した事はなかったか?来年はどういう一年を送ろうか?一年の計は元旦にありである!』
などのとNHKのアナウンサー的な言葉がやたら浮かんでくるのである。
節目の月に一年の己の行動とその達成感を精算しておかないと、ズルズルと精神的借金が増えて行くのは自明の理だ。
恐らくこの時期における、僕の心のワサワサー不安感はそこの所に起因しているのではなかろうか?
つまりこの一年の達成感が、思ったほどない! ということか…。
本人の実力に対する目標の設定が高かった。のか?
イヤ、目標など立てた覚えはない!去年のこの時期に、
『来年はこんな事やろう。あんな事いいな』
などと具体的に計画を立てた記憶は断じてない。(酒座でのいい加減なホラはいつも吹いている)
もしかして、僕の深層にある本能が自己診断しているのではあるまいか?
僕の残りの人生の期限を、DNAがシナプスを通して脳に伝達をしているのではあるまいか?
『そうか!そうなのか! この不安感はそういうことか』
運命には抗えない。日頃の不摂生の賜物?で多分普通の同年代よりは条件は不利だ。
しかし“憎まれっ子世にはばかる”の言葉を胸に、
『力強く有意義に生きてやる。』
と心に誓う今日この頃の僕であった。
さて、来年は僕も年男。ねずみ年。
年齢は想像に任せるが、60歳ではありません。念のため。
そして、やり残した事、やれてない事を先送りするのはダイエットだけに限ろう。
2007年12月05日
ある居酒屋での会話
ある居酒屋で3人の青年が聞き捨てならぬ、面白そうな会話をしていたので、すー聞き(盗み聞き)した。
それをレポートする。
青年A
『ついに東門市長が決断したってヨ。アワセの埋め立て工事始めるって!苦渋の決断みたいよ!』
青年B
『ヘッ、あれは第一区域はやるけど、第二区域はやらないってコトだろ!つまり半分だけ埋めるってコトだろう。インチキやっしー』
青年C
『俺はそもそも、第一だろうが第二だろうが、干潟の埋め立てには反対だね!地球がヤバイのによ!』
青年A
『よーするに~、結論出し切れんから中間の案を採ったってコトあらに~』
青年B
『政治的解決ってヤツだろ。いまさら何をグダグダいうば~。この件は議会で議決した事やっし~。市民の代表の決断ヤンばーてー。やらんとイカンばーよー』
青年C
『しかし、干潟はこれで破壊されるし、ホントにリゾートとかできるか~?』
青年B
『埋め立ての間、しばらくは仕事があるやしー』
青年C
『失敗してツケ払うのは、わったー市民やんばーどー。特に若者!』
青年B
『失敗するって決まってないさー』
青年A
『ようするに。今回の市長の決断は、推進派にとっても反対派にとっても、納得できないってコトか~?』
青年B・C
『だある!(そうだ)』
青年A
『いっそ、住民投票したら…』
こうして、今宵もコザのアツイ夜が更けてゆく…。
2007年11月14日
オイルの暴走=オレは怒っている!
ここの所、石油の原油価格が暴騰し、庶民の家計に少なからず影響を与え始めた。
確かに身近な所では、ガソリンやその関連商品の高騰の話は良く耳にする。
石油関連を大量消費する事業所等になると話はもっと深刻だ。
今日、リネンサービスを取り扱う取引先の社長さんが僕に会いに来た。
“シーツ等のリース単価を一枚から2円だけ上げさせてほしい”との事。(同意した)
この数年の灯油の高騰による経営の苦しさをとうとうと訴えるその表情には、うそ偽りのない苦悩がありありと感じ取れる。
リネン業者というのは、ホテルや病院のシーツ、枕カバー、タオル、浴衣等のリースを手がけるのであるが、その日回収したそれらのものをクリーニングし、ドライヤーで乾かし、プレスし届けるという作業を生業とする。
洗剤も石油製品。ドライヤーは灯油。その作業が一日何万枚。その使用量たるやハンパじゃない。
町のクリーニング屋さんも含めてこの業界は殆どが赤字だと聞く。
そしてその殆どは中小零細企業。
そしてその事はホテルでも例外ではない。
代表的な物は、温水ボイラー。これは灯油でお湯を作る。お風呂等で大量に使用する。
バラシてしまうが、安定時の灯油の業者卸価格が1リットル当たり40円程度であった。
いまやナント85円! 来月から90円台突入の通知が来た。
この怒りどこにブツケテいいかわからぬ。
『中国の需要拡大』『アメリカのイラン問題』『投機筋の暗躍』
原因はいろいろあろう。
しかし、これだけは言える。
工場の生産が何らかの理由で止まったわけでも、石油が枯渇したわけでも、農業みたいに天候不順で凶作であったわけでもない。
どこかの誰かがとんでもなく儲けていて、ホクソ笑んでる。
そしてそのツケは、最終消費者の庶民・弱者が払わされる。
責任者出て来い!! 俺は怒っている! みんな怒っている! 怒怒怒怒怒。
2007年10月21日
どぅーちゅいむにー
どぅーちゅいむにー(ひとりごと)
衰退気味のコザの中心市街地について識者も市民も外野も皆が言う。
『商店街のシャッターがしまっている。シャッターを開けなさい!』
『もっと若者が溢れるような、街の構成にしなさい!』
『お年寄りに優しい街にしなさい!』
『市場を生かせ!』
『駐車場が足りない!』
『もっと早い時間から店を空けろ!』
『もっと遅い時間まで店を空けろ!』
『何かに特化した街を作ろう!』
『ミュージックタウンだ!』
『リトルアメリカだ。いや、アジアンだ!』
『デカイイベントを打とう!』
それぞれに“やらない理由”と“できない理由”がある。
して、その実現の為の具体策は? 予算は?
明快な答えをあまり聞いたことがない。
もう解析のトキは終わった。
そろそろ、この街にあった、現実的かつ具体的な方向性を示すべきではないか。
批判も希望も清濁あわせ飲み、恐れず、自分たちの手で…。
衰退気味のコザの中心市街地について識者も市民も外野も皆が言う。
『商店街のシャッターがしまっている。シャッターを開けなさい!』
『もっと若者が溢れるような、街の構成にしなさい!』
『お年寄りに優しい街にしなさい!』
『市場を生かせ!』
『駐車場が足りない!』
『もっと早い時間から店を空けろ!』
『もっと遅い時間まで店を空けろ!』
『何かに特化した街を作ろう!』
『ミュージックタウンだ!』
『リトルアメリカだ。いや、アジアンだ!』
『デカイイベントを打とう!』
それぞれに“やらない理由”と“できない理由”がある。
して、その実現の為の具体策は? 予算は?
明快な答えをあまり聞いたことがない。
もう解析のトキは終わった。
そろそろ、この街にあった、現実的かつ具体的な方向性を示すべきではないか。
批判も希望も清濁あわせ飲み、恐れず、自分たちの手で…。
2007年10月07日
コザ観光事情=コザの歴史の象徴が・・・
残念な出来事だ。
新聞でも報道された事であるが、コザの老舗ホテル『京都ホテル』が今月いっぱいで廃業する事となった。
創業40余年、ちょうど我がデイゴホテルと同時期に建設され、常にコザのホテル業界のリーディングカンパニーとして隆盛を誇った。
客室数、規模共にコザで一番のホテルで、これまでに多くの市民に親しまれ有名人の利用も多く、同業者の誰もが一目置く存在だったのである。
特に20数年間にわたり、プロ野球広島カープの沖縄キャンプの宿舎として選手達の沖縄でのキャンプ生活を支えてきた事は、特筆すべき事であろう。
『なぜ?京都ホテルなの…』
よく聞かれたそうである。たいした意味はない。
京都ホテルもコザの他のホテル同様に、米軍基地から溢れ出る米兵を主客として建設された。
1960年代当時はアメリカ人の日本に対する認知度は低く、日本のイメージは?と聞くと、
『フジヤマ、ゲイシャ、トーキョー、キョート、etc.…』 なのだ。
従って外人に覚えやすい名前、という事になると、このようになるのであった。
当時はキャッチコピーだとか、地域性を考慮に入れて、などと言うハイカラな思想は無く、こぞって最大の消費者米兵に覚えのよい名をつけたそうである。
したがって、町中のネオンサインが上記のような横文字のへんてこな日本語看板か、もしくは英語でのネーミングであった。
『京都ホテル』は同業者の目で見ても経営は上手くいっている様に思えた。
それだけに廃業のニュースはいささかのショックを覚えた。
報道によると、建物の老朽化と後継者問題が主な原因というが、その他にも様々な細かな要因が重なり、経営陣も熟考の末苦渋の選択をしたのではないだろうか。
外野がとやかく言うよりも、今は素直に
『お疲れ様!』
と、その長年の労をねぎらいたい。
ああ、それにしても、コザの戦後史の象徴がまたひとつ消えてゆく…。
新聞でも報道された事であるが、コザの老舗ホテル『京都ホテル』が今月いっぱいで廃業する事となった。
創業40余年、ちょうど我がデイゴホテルと同時期に建設され、常にコザのホテル業界のリーディングカンパニーとして隆盛を誇った。
客室数、規模共にコザで一番のホテルで、これまでに多くの市民に親しまれ有名人の利用も多く、同業者の誰もが一目置く存在だったのである。
特に20数年間にわたり、プロ野球広島カープの沖縄キャンプの宿舎として選手達の沖縄でのキャンプ生活を支えてきた事は、特筆すべき事であろう。
『なぜ?京都ホテルなの…』
よく聞かれたそうである。たいした意味はない。
京都ホテルもコザの他のホテル同様に、米軍基地から溢れ出る米兵を主客として建設された。
1960年代当時はアメリカ人の日本に対する認知度は低く、日本のイメージは?と聞くと、
『フジヤマ、ゲイシャ、トーキョー、キョート、etc.…』 なのだ。
従って外人に覚えやすい名前、という事になると、このようになるのであった。
当時はキャッチコピーだとか、地域性を考慮に入れて、などと言うハイカラな思想は無く、こぞって最大の消費者米兵に覚えのよい名をつけたそうである。
したがって、町中のネオンサインが上記のような横文字のへんてこな日本語看板か、もしくは英語でのネーミングであった。
『京都ホテル』は同業者の目で見ても経営は上手くいっている様に思えた。
それだけに廃業のニュースはいささかのショックを覚えた。
報道によると、建物の老朽化と後継者問題が主な原因というが、その他にも様々な細かな要因が重なり、経営陣も熟考の末苦渋の選択をしたのではないだろうか。
外野がとやかく言うよりも、今は素直に
『お疲れ様!』
と、その長年の労をねぎらいたい。
ああ、それにしても、コザの戦後史の象徴がまたひとつ消えてゆく…。
2007年09月30日
政府の目線
昨日の県民大会は11万人超の参加者で大盛況?だったようである。
やはり、戦争を憎む心は沖縄県民にとって絶対に譲れない事のひとつなのだ。
しかし、未だ持って僕には政府の姿勢が理解できない。
日本軍による住民への強制自決を、多くの人が証言する中で、そんな事実は無い。と言う。
同様に、日本軍による南京やアジアでの蛮行もまぼろしであったと言う。
その意図する所は何なのか?
かつて、産業の無い沖縄がベトナム戦争景気に溢れかえる頃、本国や他の基地からベトナムへ向かう兵士達の経由地であった沖縄では、圧倒的に兵士達の宿舎が不足していた。
基地内宿舎を補完する意味で、米軍司令官の呼びかけにより、民間地域に民間資本の米兵専用のホテルが多数建設された。
1960年代コザのホテルの始まりである。
わがB級ホテルも含めてコザのホテルの多くがその歴史の産物である。
当時は20数軒こういう米軍特需ホテルがあり、ベトナム終結後もそこそこ賑わっていた。
1980年代に入ると、日本国は安保の名において国策により、米軍の日本での駐留費の多くを負担するようになる。
これがいわゆる 『思いやり予算』 と言うヤツだ。
米軍人軍属子女の学校、住宅、託児所、レジャー施設まで日本政府がその施設の建設を担う事になる。しかも我々の税金で・・・。
この波は、やがて我々ホテル業界にもやってきた。
基地内に多くの宿舎が建設された。その客室数たるやコザのホテルの総室数の2倍強。
多くのホテル仲間が新たな顧客を模索獲得する暇も与えられずに、転廃業に追い込まれた。
その時、業界では政府防衛庁に何度も善処策を講じる旨の陳情を重ねたが、所詮少数派、担当者は同情顔で話しだけは聞いてくれたが、方針は微動だにしなかった。
僕のひねくれた性格は、その時に培われたものに違いない。
さて今回の教科書検定の問題であるが。このような体質は今に始まった事ではない。
いったい日本の政府は、何のために誰のためにどの目線で行政を執行するのか。
今本当に必要なのは、保守とか革新とかの枠組みではなく、弱者少数派のちいさなたましいの叫びを、真剣に聞く耳を持つ政府ではなかろうか?
2007年09月13日
コザ観光事情=エイサー番外編
エイサーウイルス感染者達
エイサー編終わりと書いておきながら、復活。
やはり、エイサーウイルス感染者の事は書いておくべきだと思い、
この時期に出没するEV代表的感染者を何名か紹介したい。
広島県出身 O田氏
彼は中国地方某市の観光協会で要職の地位にあるが、自他共に認める琉球大ファンで、
地元で沖縄出身者及び沖縄大好き人間を集めて『泡盛と琉球民謡を楽しむ会』を主宰。
その三味線の腕前は玄人はだし。
おかれた立場を利用(活用)し、地元の祭りなどにコザのエイサー団体を誘致する程のエイサー好き。
毎年エイサー祭りの時期になるとあたりまえの如くコザに出没する。
ホテルの部屋はとるものの荷物置き場と化し、毎晩、園田公民館で轟沈する。
去年は自らの不注意でアキレス腱を断裂し沖縄行きを断念。
あまりの悔しさに、病床からコザの友人達にしつこく電話手紙メール攻撃を敢行し、ひんしゅくを買う。
回復した今年2年ぶりに来コザ。如何なくその実力を発揮した。
東京都出身 W田氏
トトロの風貌と巨躯に優しい笑みをたたえ、年に数回コザの街に現れ、色々聞き取り調査をしている。
職業不明だがCIAや公安では決して無い。コザ文化や琉球音楽、エイサーの歴史に詳しい。
デイゴHを常宿にするも、実は僕はこの人に会うのが怖い。
エイサーや琉球の事について、色々な質問を浴びせ掛けられるのであるが、何一つまともに応えられないので、地元民として悔しくて仕方ないのだ。
あまりに専門的なのである。
このヒトと対抗できるのはビセカツさんぐらいだ。
『私にとっての沖縄は、コザです。』と言い切る。
自称エイサーフラー。写真集『コザ残像』にも寄稿する。
大阪豊中市出身 F本氏
音楽プロデューサーで、コンサルタント業、怪しい投資家。
モンゴル800とオレンジレンジの大ブレイクを早くから予言していた男である。
1年に3回はコザへ現れる。本人だけの時もあれば家族と一緒の時もあり、豊中市民保菌者連合軍を引きつれてくる事もある。
愛人だけは連れて来た事がない。(逆説的に受け取らないで欲しい。奥さんが見ているかもしれない・・・)
エイサーウイルスのみならず、音楽他その他諸々のコザウイルスに犯された重症患者である。
死ぬまで直らないであろうと源河先生より告知された。
女にもてる為に、ジムと日焼けサロンに通う努力を怠らない。
彼ら豊中連合軍のコザにもたらす経済的効果は計り知れないので、色々書けないのが残念である。
おわり
2007年09月11日
コザの観光事情=エイサー編 PART2
ここ数年『エイサーと言えばコザ』という評判が内外で定着してきた感がある。
もちろん、エイサーはいろんな形や踊りがあり、好き嫌いは見るヒトの主観だと異を唱える方もいらっしゃるかもしれないが、まあココは大人の気持ちで聴いて欲しい。
エイサーを踊る青年会の数、お盆の日(沖縄の旧盆・今年は8/25~27)の道ジュネーのあの賑わい。支える市民の情熱。どれをとってもこの街は他の追随を許さない。
そしてこれらのコザ人の集大成が今年で52回目を数える、あの『全島エイサー祭り』なのである。
日曜日の最終日だけで13万の人口の街に15万人の観客が訪れる。沖縄最大のイベントだと言っても過言ではないだろう。
コザ人はとてもエイサー好きでお盆前になると、暴走族でさえ活動を休止する。(理由は言えないがこれには深い訳がある。)
あまり知られていないが、この時期になると普段は観光客に見捨てられた感のあるこの町にも、全国各地からのエイサー感染客(観戦客とも言う)で活気に満ち、ホテル・怪しいホテル・民宿・ゲストハウス・・・などと名のつく所が満室状態に陥る一年で唯一の日なのだ。
今年からスタンド席が有料になった。
しかしながら皆の心配をよそにスタンド席はあっという間に完売になり、園田青年会の横綱相撲?とも言うべき素晴らしい演舞で幕を閉じたのであった。(花火はしょぼかった)
ここ数年この感染客のエイサー鑑賞行動に少しずつ変化が見られるようになった。
沖縄では旧盆の日に(今年は8/25~27)各地で地元の青年会がエイサーを踊りながら練り歩く、道ジュネーなる伝統的慣習がある。いわばこれがエイサーの本来の姿だと言えよう。その伝統的な演舞に惚れ込み各地の青年会を渡り歩く、追っかけ本格探求派エイサーファンの方々がとても増えてきた。
県外からの客が多く、この時期もコザのホテルはいつもに増して賑わいを見せる。
中には、せっかくホテルの部屋をとっているにもかかわらず、道じゅねーの後の青年会の打ち上げ酒盛りに参加し、あまりの盛上りで公民館で寝てしまうという猛者も少なくない。
くどくど書いてきたが、何が言いたいかと言うとエイサーファンは僕の鋭い学説では、2派に分かれるという事だ。
お盆の日の、道ジュネーをこよなく愛し、おっかけに徹し、各地のエイサーを研究し尽くした
『歴史的にも文化的にもこっちの方が伝統的で正しいエイサーである。本来の姿なのだよ!』
と言う旧盆おっかけ派。
『エイサーはいまだ進化し続ける。隊形こそ命! それは全島エイサー祭りの日のスタンドからの観戦が一番だ。これは世界一美しく勇壮な舞である。』
と言う全島エイサー祭り派。
いずれの方々も毎年の様にコザに来て泊まり、飯を食い、酒を飲み、遊ぶ。コザの消費活動の大きな貢献者たちなのだ。
エイサー祭りは、毎年、旧盆の一週間後の金土日曜日に開催される事になるので、この約10日程コザに居れば 『お盆伝統道ジュネー』と 『隊形美勇壮全島エイサー祭り』の両方が堪能できるというファンにとってはたまらなく魅惑的で官能的な時期なのである。
どうです皆さん。時々コザに住んでみませんか?
コザの観光事情=エイサー編 おわり
2007年09月11日
コザの観光事情=エイサー編
コザの観光事情=エイサー編
なんとなく秋の気配が漂ってきた。
コザの夏が終わろうとしている。
何も終わるのはコザの夏だけではないのであるが、今年の夏はどこかいつもの感じと違うような気がする。
台風は一個直撃状態で散々な害を振りまいて去っていったが、その後遠慮したのか影を潜めている。
しかし奴をあなどってはいけない。フェイントをかけながら雨雲を沖縄地方の空に送り込み、虎視眈々と巻き返しを計っている。必ず奴は逆襲にやってくる。
こんなときは秋口が危ないのだ。
今年の夏は(未だ完全には終わらぬが)カーッとするようなあの沖縄特有の暑さが影を潜めている。
名古屋の夏の暑さが地面から這い上がって来るような、味噌カツのような、名古屋弁のような、まったりとした陰湿(他意はない)なジメーとした暑さだとしたら、沖縄の夏はまさに、後ろからアタマを金属バットで殴られたような、もはや回復不能な暴力的な暑さだと表現すべきか!
そんな事よりも今日のテーマはコザの観光事情=エイサー編であった。
しばらく断筆(飲んだくれ)していたので文章の構成に自信がもてないが、何話か書いていきたい。
タイトルと違うって?
話が横道にソレ、もはや修復不能なので明日必ず書きます!
つづく
なんとなく秋の気配が漂ってきた。
コザの夏が終わろうとしている。
何も終わるのはコザの夏だけではないのであるが、今年の夏はどこかいつもの感じと違うような気がする。
台風は一個直撃状態で散々な害を振りまいて去っていったが、その後遠慮したのか影を潜めている。
しかし奴をあなどってはいけない。フェイントをかけながら雨雲を沖縄地方の空に送り込み、虎視眈々と巻き返しを計っている。必ず奴は逆襲にやってくる。
こんなときは秋口が危ないのだ。
今年の夏は(未だ完全には終わらぬが)カーッとするようなあの沖縄特有の暑さが影を潜めている。
名古屋の夏の暑さが地面から這い上がって来るような、味噌カツのような、名古屋弁のような、まったりとした陰湿(他意はない)なジメーとした暑さだとしたら、沖縄の夏はまさに、後ろからアタマを金属バットで殴られたような、もはや回復不能な暴力的な暑さだと表現すべきか!
そんな事よりも今日のテーマはコザの観光事情=エイサー編であった。
しばらく断筆(飲んだくれ)していたので文章の構成に自信がもてないが、何話か書いていきたい。
タイトルと違うって?
話が横道にソレ、もはや修復不能なので明日必ず書きます!
つづく
2007年06月24日
6月23日
ショートストーリー『名珍場面集』は当初7話連続でお送りするとお約束したのですが、5話で中断してしまいました。実は私の不注意から、書き上げてあった残り2話のファイルを不覚にも削除してしまいました。
一番ショックを受けたのはこの私です。書き直す気にもなれず、《別の理由もありましたが》しばらくお休みしてしまいました事をお詫び申し上げます。又、別の機会に書こうと思っております。
慰霊の日に静かに思う
昨日は慰霊の日であった。
誰もが口を揃えて言う。
『二度と戦争は起してはならない。今後ともこの平和を維持しようと・・・。』
もちろん大いにその事は賛成だし、その気持ちには異論はない。
しかしながらある一方では 『仕方なく』 『愛する家族や国を守る為』 と言って戦争をおっぱじめる。
かつてのこの国もそうではなかったか?
最近の風潮として、この国はやたら過去の出来事を否定し始めた。
沖縄における強制集団自決もアジアでの蛮行も幻であり、そんな事はなかった。と、慰安婦も居るには居たが強制連行ではない。
と主張する勢力の発言力が強くなり始めた。
この事が歴史の検証からではなく、ある意図を持って語られるのだとしたら、ものすごく危険である。
『国を愛せよ』と言う。
もちろん僕はこの国の持つ四季折々の自然の美しさ、人々の心の温かさや穏やかさ、勤勉さが好きだ。
その事は誰にも負けないつもりである。
しかし国家から 『愛せよ!』 と強制されるのは真っ平だ!
この事は、僕が人類の全女性に向かって 『オレを好きになれ!』 と言っているのとどこが違うと言うのか。
そんな事口が裂けたっていえない・・・。
追記 全戦没者のご冥福を心よりお祈りします。どうぞ安らかに・・・。
一番ショックを受けたのはこの私です。書き直す気にもなれず、《別の理由もありましたが》しばらくお休みしてしまいました事をお詫び申し上げます。又、別の機会に書こうと思っております。
慰霊の日に静かに思う
昨日は慰霊の日であった。
誰もが口を揃えて言う。
『二度と戦争は起してはならない。今後ともこの平和を維持しようと・・・。』
もちろん大いにその事は賛成だし、その気持ちには異論はない。
しかしながらある一方では 『仕方なく』 『愛する家族や国を守る為』 と言って戦争をおっぱじめる。
かつてのこの国もそうではなかったか?
最近の風潮として、この国はやたら過去の出来事を否定し始めた。
沖縄における強制集団自決もアジアでの蛮行も幻であり、そんな事はなかった。と、慰安婦も居るには居たが強制連行ではない。
と主張する勢力の発言力が強くなり始めた。
この事が歴史の検証からではなく、ある意図を持って語られるのだとしたら、ものすごく危険である。
『国を愛せよ』と言う。
もちろん僕はこの国の持つ四季折々の自然の美しさ、人々の心の温かさや穏やかさ、勤勉さが好きだ。
その事は誰にも負けないつもりである。
しかし国家から 『愛せよ!』 と強制されるのは真っ平だ!
この事は、僕が人類の全女性に向かって 『オレを好きになれ!』 と言っているのとどこが違うと言うのか。
そんな事口が裂けたっていえない・・・。
追記 全戦没者のご冥福を心よりお祈りします。どうぞ安らかに・・・。
2007年05月18日
コザの魅力?
『コザはなんか変わっていて面白い!』
という声をよく耳にするが、これといった有名観光地・レジャー施設や
美しいビーチがあるわけではない。
それではどこがどう具体的に面白いのか?
と訊ねるとなかなかピシッ~と的確に言い表すのを聞いた事がない。
コザ創世の頃から住んでいる人間でさえ上手く表現できない位、あいまいで良く分からない
街なのだ。
言い換えれば言葉に出来ないほど不思議な魅力を持った街だと言えるかもしれない。
僕はヒソカ?に思うのであるが、この街の魅力は地面にあるのではないかと・・・。
自分の足で歩き回り、ややシャッターの閉じかけた商店街から、ライブハウス、裏道に回り、
質屋・時計屋等の時代錯誤的店舗、少しアブナさそうな外人バー、呼び込みのいるキャバレー、
勇気を持って徘徊し覗いてみよう! 冒険的緊張感でワクワクしてくるはずだ。
人々の生活臭が漂い、懐かしいふるさとに帰ってきた来たデジャブ感を覚えるかもしれない。
そして出会うコザの人達は、ユンタクー(おしゃべり)で世話好き、商売ベタの個性派揃い。
確信するが、このような風景はヤマトや他所の街では絶対に見られないはずだ。
この街の魅力は、地面から自分の目線の辺りまでに存在するのだ、きっと!
コザを、車窓の内側から眺めながら
「外人が多いね。」
「ウン。横文字の看板が多いね。」
「以外に都会だなぁー。」
などと、さっさと通過して行ってしまっては、コザを経験した事にはならないのだ。
最低1週間ほど滞在し、自分の足でフラフラと思いつくままに街を徘徊し、
いろいろなヒトと出会い、時間など気にせずに怠惰にのんびり生活してみよう。
海遊びや観光をしたければ、レンタカーやバス・タクシーを駆使し、昼間行けばよい。
ココは沖縄本島中部に位置するので、南北何処へ行くにも近い。
おまけに渋滞もない。遊行費や生活費が安い。夜は果てしなく長い・・・。
以前は米軍基地の門前町として栄えたこの街も、基地収入が激減した今では
不況にあえいでいる。失業率も県内トップレベル(という事は全国的にも・・・)。
さしたる産業もなく、近年の沖縄観光ブームにも乗れずにカヤの外。
活性化の手は打つものの、どれも効果が見えてこない。
しかし、「何か」方法はあるはずだ。この街の特性を生かした「何か」が・・・。
その「何か」が見えてこないので「何か」を模索する。
ああ、何だか禅問答の様になってきた。 もう寝ます。
という声をよく耳にするが、これといった有名観光地・レジャー施設や
美しいビーチがあるわけではない。
それではどこがどう具体的に面白いのか?
と訊ねるとなかなかピシッ~と的確に言い表すのを聞いた事がない。
コザ創世の頃から住んでいる人間でさえ上手く表現できない位、あいまいで良く分からない
街なのだ。
言い換えれば言葉に出来ないほど不思議な魅力を持った街だと言えるかもしれない。
僕はヒソカ?に思うのであるが、この街の魅力は地面にあるのではないかと・・・。
自分の足で歩き回り、ややシャッターの閉じかけた商店街から、ライブハウス、裏道に回り、
質屋・時計屋等の時代錯誤的店舗、少しアブナさそうな外人バー、呼び込みのいるキャバレー、
勇気を持って徘徊し覗いてみよう! 冒険的緊張感でワクワクしてくるはずだ。
人々の生活臭が漂い、懐かしいふるさとに帰ってきた来たデジャブ感を覚えるかもしれない。
そして出会うコザの人達は、ユンタクー(おしゃべり)で世話好き、商売ベタの個性派揃い。
確信するが、このような風景はヤマトや他所の街では絶対に見られないはずだ。
この街の魅力は、地面から自分の目線の辺りまでに存在するのだ、きっと!
コザを、車窓の内側から眺めながら
「外人が多いね。」
「ウン。横文字の看板が多いね。」
「以外に都会だなぁー。」
などと、さっさと通過して行ってしまっては、コザを経験した事にはならないのだ。
最低1週間ほど滞在し、自分の足でフラフラと思いつくままに街を徘徊し、
いろいろなヒトと出会い、時間など気にせずに怠惰にのんびり生活してみよう。
海遊びや観光をしたければ、レンタカーやバス・タクシーを駆使し、昼間行けばよい。
ココは沖縄本島中部に位置するので、南北何処へ行くにも近い。
おまけに渋滞もない。遊行費や生活費が安い。夜は果てしなく長い・・・。
以前は米軍基地の門前町として栄えたこの街も、基地収入が激減した今では
不況にあえいでいる。失業率も県内トップレベル(という事は全国的にも・・・)。
さしたる産業もなく、近年の沖縄観光ブームにも乗れずにカヤの外。
活性化の手は打つものの、どれも効果が見えてこない。
しかし、「何か」方法はあるはずだ。この街の特性を生かした「何か」が・・・。
その「何か」が見えてこないので「何か」を模索する。
ああ、何だか禅問答の様になってきた。 もう寝ます。
2007年05月11日
B級タウン!!
最近自分自身が『上質のB級ホテル』などと訳のわからぬことを言い出したせいか、やたらB級○○という言葉を意識する様になった。
B級映画、B級グルメ、B級品、etc.
粗悪品という捉えられ方もあるが、最近評価はむしろ好意的に、一流ではないがAの次だから決して悪くはない、まあまあである。許容の範囲である。
おっ!期待していたよりいいじゃない! というところか・・・。
映画で言えばB級は制作費が安い、短期間で仕上がる、深く考えさせるのではなくより娯楽性を追求する傾向にあると思う。
その代表作が『ターミネーター』『ダーティーハリー』。
B級グルメは、廉価、大衆向き、冷凍・インスタント食品や市販ソース等を駆使し独自の創意と工夫で上質の味に仕上げる。ある意味職人芸。
という風に勝手に私は想像するのであるが、何故いきなりこのような話を始めるのかと言うと、これには訳がある。
先日、コザ漫遊国の国民も含めた閣僚会議が漫遊国史上初の酒抜きで開催され、様々な業種と立場からの現状の報告と意見が噴出し、とても参考になり有意義で楽しい会であった。話題が《コザの活性化》に及ぶと、
『コザはある程度の都市機能があるとは言っても、そういう面では那覇の比ではない。恩納村のようにビーチがある訳でもないし、観光施設が豊富にある訳でない。そんな中で活性化の一環で従来型の観光誘致を叫ぶのもねー…。』
『その通りだヨ、その事を認識しなければならない。』
『かといって、特に産業がある訳でなし・・・』
『しかし、住みやすいよ! 交通渋滞ないし、楽しいし、みんな仲いいしネ。』
『これはまさに、B級タウンだね・・・』
『背伸びせずに、開き直ってB級タウンと堂々と標榜してみたら!』
漫遊国の裏バン、S女史のタイムリーな一言。
多少の誇張と創作はあるが、このような言葉が交わされたのであったが
“B級タウン”という言葉が私の耳に妙に心地よく鳴り響いた。
そこで、漫遊国閣僚会議では、《B級タウン》の定義づけも含め、コザの持つ魅力(魔力)の調査とそれを生かした今後の方向性について実践的提案をしていく事とあいなった。
ココに住むヒトが住み良く楽しい街だと感じれば、おそらく訪問者(あえて観光客とは呼ばない)も増えるのではないか、観光客向けに何かをする・造るよりも、文化や娯楽性も含めて、住む人がいかに充足感を感じるかがポイントではなかろうか?
私たちは旅に出ると聞きますね、《観光客が行く所ではなく地元のヒトに評判の料理屋を紹介してください。》と。
この街ではそういう訪問者に対して、我々が楽しんでいる席を少しだけ譲るという感覚でいかがでしょう。
個人的には、可もなく不可もなくの何処にでもあるような観光地よりも、日本国民の0.1パーセント(位の数)の世界中の人々に熱烈に支持される街を目指したい。
このブログを読む方々には、是非、コザB級タウン構想について忌憚なるご意見をお待ちしております。
B級映画、B級グルメ、B級品、etc.
粗悪品という捉えられ方もあるが、最近評価はむしろ好意的に、一流ではないがAの次だから決して悪くはない、まあまあである。許容の範囲である。
おっ!期待していたよりいいじゃない! というところか・・・。
映画で言えばB級は制作費が安い、短期間で仕上がる、深く考えさせるのではなくより娯楽性を追求する傾向にあると思う。
その代表作が『ターミネーター』『ダーティーハリー』。
B級グルメは、廉価、大衆向き、冷凍・インスタント食品や市販ソース等を駆使し独自の創意と工夫で上質の味に仕上げる。ある意味職人芸。
という風に勝手に私は想像するのであるが、何故いきなりこのような話を始めるのかと言うと、これには訳がある。
先日、コザ漫遊国の国民も含めた閣僚会議が漫遊国史上初の酒抜きで開催され、様々な業種と立場からの現状の報告と意見が噴出し、とても参考になり有意義で楽しい会であった。話題が《コザの活性化》に及ぶと、
『コザはある程度の都市機能があるとは言っても、そういう面では那覇の比ではない。恩納村のようにビーチがある訳でもないし、観光施設が豊富にある訳でない。そんな中で活性化の一環で従来型の観光誘致を叫ぶのもねー…。』
『その通りだヨ、その事を認識しなければならない。』
『かといって、特に産業がある訳でなし・・・』
『しかし、住みやすいよ! 交通渋滞ないし、楽しいし、みんな仲いいしネ。』
『これはまさに、B級タウンだね・・・』
『背伸びせずに、開き直ってB級タウンと堂々と標榜してみたら!』
漫遊国の裏バン、S女史のタイムリーな一言。
多少の誇張と創作はあるが、このような言葉が交わされたのであったが
“B級タウン”という言葉が私の耳に妙に心地よく鳴り響いた。
そこで、漫遊国閣僚会議では、《B級タウン》の定義づけも含め、コザの持つ魅力(魔力)の調査とそれを生かした今後の方向性について実践的提案をしていく事とあいなった。
ココに住むヒトが住み良く楽しい街だと感じれば、おそらく訪問者(あえて観光客とは呼ばない)も増えるのではないか、観光客向けに何かをする・造るよりも、文化や娯楽性も含めて、住む人がいかに充足感を感じるかがポイントではなかろうか?
私たちは旅に出ると聞きますね、《観光客が行く所ではなく地元のヒトに評判の料理屋を紹介してください。》と。
この街ではそういう訪問者に対して、我々が楽しんでいる席を少しだけ譲るという感覚でいかがでしょう。
個人的には、可もなく不可もなくの何処にでもあるような観光地よりも、日本国民の0.1パーセント(位の数)の世界中の人々に熱烈に支持される街を目指したい。
このブログを読む方々には、是非、コザB級タウン構想について忌憚なるご意見をお待ちしております。
2007年03月25日
怒りのバスストップ=ああ絶望的!沖縄バス事情
平成17年のデータで沖縄県における、車両登録台数は91万台超である。
この数字にはおそらく営業車両も含まれると思われるので、自家用車の率は定かではないが、
137万人が生活するこの小さな島で、それでも未だ増え続けていると言うこの現状は如何なものか。
これではいくら道路を整備したところで所詮イタチごっこに過ぎないのではなかろうか。
そして維持費等による家計への負担・地球環境への悪影響・渋滞による経済的損失などは計り知れないものだろう。
沖縄で生活していると、車のない生活は考えられない。出勤も買い物も子供の保育園や学校への送迎もすべてが車。
その要因として常に挙げられるのが公共交通機関の脆弱さだ。これに尽きる!
しかしその公共交通機関の主力であるバスたるや惨憺たるもの。
まず時間通りに来ない!時刻表が手に入らない!路線が複雑でわかりにくい!
等々数え上げれば枚挙に暇がない。
そういった理由から、大抵のウチナーンチュは生活の足としてバスを利用しないのでバスの系統番号や時間など訊かれても答えられない筈である。
お客さんでごった返す3月のある朝、事件は起こった。
ホテルでは、お客様によくバスの時間と系統番号について訪ねられる。
その為、弊館では路線図と“あまり当てにならない時刻表”をバス協会から取り寄せて、
それを基にお客様に案内をしている。
この日も、ココ胡屋から空港行きの系統番号とバス停の通過時間を訊かれた。
我がB級ホテル古株フロント氏が自信を持って案内した『系統番号113番!』
これが一番便利なバスである。
「沖縄のバスは時間にルーズなので、15分前後の余裕を持ってお越し下さい」
と付け加えるのを忘れなかった。
胡屋バス停経由高速南インターに入り那覇インター降車後、一路空港へ向かう、という県内路線バスとしては、気の利いた順路である。毎時2本程運行する。
お客様をバス停へご案内ししばらくすると、当のお客様より電話が入る。
『もうかれこれ20分近く待っているが、バスが現れる気配がない。
本当にここで待っていていいのか?』
『今しばらくお待ちを、ソコで間違いありません。』
こちらも少し不安になり路線図と時刻表を確かめつつ、自信たっぷりに答え電話を切る。
それでもまだその事態に気付かぬベテランフロント氏たちは
『ナイチャーはせっかちだねー』
などと皮肉たっぷりに軽口を叩き合っていた。
そして40分が経過し、再び電話が鳴る。
『まだ来ない! 飛行機に間に合わない!どうしたらいい!』
怒り混じりの悲痛な叫びである。
いくらなんでも待たせすぎ。何かあったに違いない。フロント氏、微かな動揺を読み取られぬよう慎重に応えた。
『何か不測の事態があったのかもしれません。それではこの辺りに、
流しか客待ちタクシーが必ずいる筈です。そちらをご利用下さい。』
とこの場合これしか方法がない適切なアドバイスをしたが、客の怒りの鉾先は収めようもなく、こちらへ向いてきた。
『アンタを信じた私が馬鹿だった!』
と言う類のお言葉を吐かれお帰りになったそうな。
B級ホテルマンも人の子、この一言にはいたく傷ついた様子。
『おそらくバス会社の不手際だろう! 親切に案内したのに何で私たちがお咎めを受けなければならないのだ! 理不尽だ!』
と唇を振るわせた。お説ごもっとも。同情します。
しかし気になった。予定時間〈午前7時台〉の15分前から40分過ぎまでバス停で待機していて、113番が1台も来ないなんてありうるだろうか?
バス会社に電話してみる。
『あ~、113番はダイヤ改正で午前中は午前6時台と11時台の運行のみになりましたよ』
係りの方は涼しい顔して(実際は見えないが…)いけしゃあしゃあと、おほざきになられた!
お客さんが待てど暮らせどバスは来るわけがない!
怒りと悲しみが同時にやってきて抗議をするも、木で鼻を括ったようなバス会社の対応に、
それはやがて諦めと絶望感に変わった。
ダイヤを改正するのはバス会社の諸般の事情によるものだろう。その事は致し方ないにしても、
しかし何の事前通告もなく、はたまたその後の通達もなく勝手に運行を停止する。
最も腹立たしいのは、バス会社はコザを切り捨てたのだ!
今後空港からコザに来る方、帰る方がバスを利用するほとんどの場合、あの空港から2時間もかかる悪名高き遠回り乗り換え路線を利用しなければならない。
これが県民の足、そして観光沖縄の実態だ。
ダイヤ改正は去年後半期に行われたらしい。
当方が、路線の確認を怠った事もその事を知りえなかったことも、そして何よりもお客様に間違った情報を提供した事もプロとして恥ずべき行為で、反論の余地はない。
そのお客様には事の成り行きを説明した謝罪の手紙を送った。
【美しき国 ニッポン】【ちゅら島 ウチナー】
空虚で空々しいコピー。 中身が伴わない事にかけてはいい勝負かも…。
この数字にはおそらく営業車両も含まれると思われるので、自家用車の率は定かではないが、
137万人が生活するこの小さな島で、それでも未だ増え続けていると言うこの現状は如何なものか。
これではいくら道路を整備したところで所詮イタチごっこに過ぎないのではなかろうか。
そして維持費等による家計への負担・地球環境への悪影響・渋滞による経済的損失などは計り知れないものだろう。
沖縄で生活していると、車のない生活は考えられない。出勤も買い物も子供の保育園や学校への送迎もすべてが車。
その要因として常に挙げられるのが公共交通機関の脆弱さだ。これに尽きる!
しかしその公共交通機関の主力であるバスたるや惨憺たるもの。
まず時間通りに来ない!時刻表が手に入らない!路線が複雑でわかりにくい!
等々数え上げれば枚挙に暇がない。
そういった理由から、大抵のウチナーンチュは生活の足としてバスを利用しないのでバスの系統番号や時間など訊かれても答えられない筈である。
お客さんでごった返す3月のある朝、事件は起こった。
ホテルでは、お客様によくバスの時間と系統番号について訪ねられる。
その為、弊館では路線図と“あまり当てにならない時刻表”をバス協会から取り寄せて、
それを基にお客様に案内をしている。
この日も、ココ胡屋から空港行きの系統番号とバス停の通過時間を訊かれた。
我がB級ホテル古株フロント氏が自信を持って案内した『系統番号113番!』
これが一番便利なバスである。
「沖縄のバスは時間にルーズなので、15分前後の余裕を持ってお越し下さい」
と付け加えるのを忘れなかった。
胡屋バス停経由高速南インターに入り那覇インター降車後、一路空港へ向かう、という県内路線バスとしては、気の利いた順路である。毎時2本程運行する。
お客様をバス停へご案内ししばらくすると、当のお客様より電話が入る。
『もうかれこれ20分近く待っているが、バスが現れる気配がない。
本当にここで待っていていいのか?』
『今しばらくお待ちを、ソコで間違いありません。』
こちらも少し不安になり路線図と時刻表を確かめつつ、自信たっぷりに答え電話を切る。
それでもまだその事態に気付かぬベテランフロント氏たちは
『ナイチャーはせっかちだねー』
などと皮肉たっぷりに軽口を叩き合っていた。
そして40分が経過し、再び電話が鳴る。
『まだ来ない! 飛行機に間に合わない!どうしたらいい!』
怒り混じりの悲痛な叫びである。
いくらなんでも待たせすぎ。何かあったに違いない。フロント氏、微かな動揺を読み取られぬよう慎重に応えた。
『何か不測の事態があったのかもしれません。それではこの辺りに、
流しか客待ちタクシーが必ずいる筈です。そちらをご利用下さい。』
とこの場合これしか方法がない適切なアドバイスをしたが、客の怒りの鉾先は収めようもなく、こちらへ向いてきた。
『アンタを信じた私が馬鹿だった!』
と言う類のお言葉を吐かれお帰りになったそうな。
B級ホテルマンも人の子、この一言にはいたく傷ついた様子。
『おそらくバス会社の不手際だろう! 親切に案内したのに何で私たちがお咎めを受けなければならないのだ! 理不尽だ!』
と唇を振るわせた。お説ごもっとも。同情します。
しかし気になった。予定時間〈午前7時台〉の15分前から40分過ぎまでバス停で待機していて、113番が1台も来ないなんてありうるだろうか?
バス会社に電話してみる。
『あ~、113番はダイヤ改正で午前中は午前6時台と11時台の運行のみになりましたよ』
係りの方は涼しい顔して(実際は見えないが…)いけしゃあしゃあと、おほざきになられた!
お客さんが待てど暮らせどバスは来るわけがない!
怒りと悲しみが同時にやってきて抗議をするも、木で鼻を括ったようなバス会社の対応に、
それはやがて諦めと絶望感に変わった。
ダイヤを改正するのはバス会社の諸般の事情によるものだろう。その事は致し方ないにしても、
しかし何の事前通告もなく、はたまたその後の通達もなく勝手に運行を停止する。
最も腹立たしいのは、バス会社はコザを切り捨てたのだ!
今後空港からコザに来る方、帰る方がバスを利用するほとんどの場合、あの空港から2時間もかかる悪名高き遠回り乗り換え路線を利用しなければならない。
これが県民の足、そして観光沖縄の実態だ。
ダイヤ改正は去年後半期に行われたらしい。
当方が、路線の確認を怠った事もその事を知りえなかったことも、そして何よりもお客様に間違った情報を提供した事もプロとして恥ずべき行為で、反論の余地はない。
そのお客様には事の成り行きを説明した謝罪の手紙を送った。
【美しき国 ニッポン】【ちゅら島 ウチナー】
空虚で空々しいコピー。 中身が伴わない事にかけてはいい勝負かも…。
2006年12月17日
ホテル事件簿=スキッパー(skipper)
前回家族無銭宿泊者のことを書いたら、その当日(12/13)に彼らの事が琉球新報夕刊に載っていることを読者の方から知らされた。
せっかくなのでしばらくの間、関連する話題で迫ってみたい。
ホテルにチェックイン、レストランでワインなど飲みながら好きなだけ食事を取りサインで売掛、宿泊料は巧妙に言い逃れ支払いを先延ばしにして、いつの間にかドロン!
これらの人をスキッパー(逃亡者)といい、この行為は立派な犯罪である。
ホテルはお客さんとの信頼関係で成り立っているので、余程の事がない限りお客さんへしつこく支払請求したり、奇異な行動についてもとやかく言わないものである。(しかし監視はしておりますぞ!)
レストランでのサイン、24時間自由に出入りできるシステム、部屋の備品等犯罪者にとってはまさに獲物の宝庫かもしれない。
我がB級ホテルでも年間1万人以上のお客様にご宿泊いただくが、その中でのスキッパーの発生件数は多い年でも一桁で収まる。
この数が多いかどうかは各人の見解の分かれるところであるが、果たしてスキッパーは防げるものなのか?
おそらく完全に防止することは無理にしても、人的観察及びセキュリティシステムの強化によっては損害率を劇的に下げることは出来るはずである。
しかし、しかしである。もしお客様に対してホテルスタッフが刑事の様な目つきでお客さんを監視し始めたらどうだろう。
疑いの監視目線といたるところに設置された監視カメラに見つめられながらホテルライフを送るという気分は如何なものか。
元来ホテルは癒しの場所なのだ。
お客さんの安全とプライパシーを守るのにシステムを強化するのはやぶさかではないが、スキッパー対策の為に金をかけるなどと言う事はなるべく避けたい。
その対策費用は間接的に善意のお客さんが払う羽目になるのである。
やはりウチは今のままお客さんとの信頼関係を大切にして行こう!
ちょっとした気遣いとさりげない観察眼を磨けば、大抵のスキッパーは防げるはずである。
次回からシリーズで数話“こんなスキッパーいました”編で攻めてみたい。
乞うご期待。
せっかくなのでしばらくの間、関連する話題で迫ってみたい。
ホテルにチェックイン、レストランでワインなど飲みながら好きなだけ食事を取りサインで売掛、宿泊料は巧妙に言い逃れ支払いを先延ばしにして、いつの間にかドロン!
これらの人をスキッパー(逃亡者)といい、この行為は立派な犯罪である。
ホテルはお客さんとの信頼関係で成り立っているので、余程の事がない限りお客さんへしつこく支払請求したり、奇異な行動についてもとやかく言わないものである。(しかし監視はしておりますぞ!)
レストランでのサイン、24時間自由に出入りできるシステム、部屋の備品等犯罪者にとってはまさに獲物の宝庫かもしれない。
我がB級ホテルでも年間1万人以上のお客様にご宿泊いただくが、その中でのスキッパーの発生件数は多い年でも一桁で収まる。
この数が多いかどうかは各人の見解の分かれるところであるが、果たしてスキッパーは防げるものなのか?
おそらく完全に防止することは無理にしても、人的観察及びセキュリティシステムの強化によっては損害率を劇的に下げることは出来るはずである。
しかし、しかしである。もしお客様に対してホテルスタッフが刑事の様な目つきでお客さんを監視し始めたらどうだろう。
疑いの監視目線といたるところに設置された監視カメラに見つめられながらホテルライフを送るという気分は如何なものか。
元来ホテルは癒しの場所なのだ。
お客さんの安全とプライパシーを守るのにシステムを強化するのはやぶさかではないが、スキッパー対策の為に金をかけるなどと言う事はなるべく避けたい。
その対策費用は間接的に善意のお客さんが払う羽目になるのである。
やはりウチは今のままお客さんとの信頼関係を大切にして行こう!
ちょっとした気遣いとさりげない観察眼を磨けば、大抵のスキッパーは防げるはずである。
次回からシリーズで数話“こんなスキッパーいました”編で攻めてみたい。
乞うご期待。
2006年09月20日
台風とB級ホテル
悪名高き今回の台風13号。
先島に散々被害の爪あとを残し、去っていきおった。
幸い沖縄本島はさしたる被害もなかったが、このところの気象の異変は甚だ尋常ではない。本当に地球は変わってしまったのだろうか?

いわずと知れた台風グッズ。
停電時はろうそくを灯しユーレイ話
とてもわくわくした。
非常食も欠かせない。
さて台風時によく聞かれることが
「ホテルは自家発電持っているんだよねー!」
こたえはNOです。
ほとんどのホテルでありえません。特にコザあたりのB級ホテルでは絶対にあり得ない事を確信的に宣言する。
あるラインのみ、例えばロビーの一部照明及び冷凍庫(理由は後ほど)のみを発電機でまかなうと言うことはありえる。(ウチがそうです)がそれとて建物全体の消費電力量からすると、微々たる物。皆さんのイメージとは程遠い。
台風時にクーラーの聞いたホテルの部屋で、
“テレビを見ながらワインを傾けていると、突然下界ではLA大停電のように町中の火が消えた。しかし我がホテルのみは、吹きまくる風もカミナリももろともせず永遠のしじまの中で深い眠りにつく。”
などというシチュエーションは絶対にありません。(A級ホテルならありえるかも・・・。)
台風時及び停電時はただひたすら回復を待つのみです。その時、わびしく心細ければ、思い切ってロビーへいってみよう。必ず同じような境遇の人がいてすぐお友達になれるはずだ。
これで仲良くなり「今でも音信がありますよ」という話は良く聞く。
さて先ほどの話題に戻る。ホテルでなぜ発電機をもたないか?
1、 まず圧倒的にコストがかかりすぎる。イニシャルコスト(初期設備費)もさることながら保 守メンテナンスもかなりかかる。一年に一度あるかないかのためにそこまでするか?
2、 台風時停電し、真暗闇の中でクーラーが効かずテレビも見られずの状態でも、お客様自 身も天災だとあきらめB級ホテルごときに詰め寄ったりしない。皆いい人である。
次に台風時・停電時B級ホテル側が特に困ること、
1、 沖縄の住宅がそうであるように、ほとんどのホテルが屋上に給水タンクを有する。それは 電気で屋上へポンプアップしている。停電時は水が上がらない。と言うことはそのうちタン クの水が底をつく、シャワーなど2~3日入らずとも平気だが、トイレはどうするトイレは! 考えただけでぞっとする。
2、 台風で閉じ込められてやむなく延泊し、余分な出費。“内心ホテルはホクホク”とお思い でしょうが、そんなことはない! 最近の人は賢い。台風発生沖縄直撃の可能性あり!などと報道されると日程を繰り上げてとっとと帰ります。おかげで空室多数あり!
3、 これは深刻な問題。停電すると冷凍庫と冷蔵庫の中の食材は24時間も経つとほとんど ダメになる。特に高級食材を失うと涙が出るほどイタイ。
(冷蔵庫の中の推定総資産30~40万円なり)
まあいろいろ書きましたが、コザにおける台風は、一般的に建物も頑強にできており、地形状(高台にある。海抜約100メートル)大水も少なく、被害を受ける確率はかなり低いように思う。
必要以上に恐れるのではなく、無茶をせずにじっとホテルで天候の回復を待ちつつ、この機会に地元の人や各地から来た方々とふれあい、そして見聞を広げ、お友達も増える。という事こそ《正しいコザでの台風の過ごし方》ではなかろうか。
完
先島に散々被害の爪あとを残し、去っていきおった。
幸い沖縄本島はさしたる被害もなかったが、このところの気象の異変は甚だ尋常ではない。本当に地球は変わってしまったのだろうか?

いわずと知れた台風グッズ。
停電時はろうそくを灯しユーレイ話
とてもわくわくした。
非常食も欠かせない。
さて台風時によく聞かれることが
「ホテルは自家発電持っているんだよねー!」
こたえはNOです。
ほとんどのホテルでありえません。特にコザあたりのB級ホテルでは絶対にあり得ない事を確信的に宣言する。
あるラインのみ、例えばロビーの一部照明及び冷凍庫(理由は後ほど)のみを発電機でまかなうと言うことはありえる。(ウチがそうです)がそれとて建物全体の消費電力量からすると、微々たる物。皆さんのイメージとは程遠い。
台風時にクーラーの聞いたホテルの部屋で、
“テレビを見ながらワインを傾けていると、突然下界ではLA大停電のように町中の火が消えた。しかし我がホテルのみは、吹きまくる風もカミナリももろともせず永遠のしじまの中で深い眠りにつく。”
などというシチュエーションは絶対にありません。(A級ホテルならありえるかも・・・。)
台風時及び停電時はただひたすら回復を待つのみです。その時、わびしく心細ければ、思い切ってロビーへいってみよう。必ず同じような境遇の人がいてすぐお友達になれるはずだ。
これで仲良くなり「今でも音信がありますよ」という話は良く聞く。
さて先ほどの話題に戻る。ホテルでなぜ発電機をもたないか?
1、 まず圧倒的にコストがかかりすぎる。イニシャルコスト(初期設備費)もさることながら保 守メンテナンスもかなりかかる。一年に一度あるかないかのためにそこまでするか?
2、 台風時停電し、真暗闇の中でクーラーが効かずテレビも見られずの状態でも、お客様自 身も天災だとあきらめB級ホテルごときに詰め寄ったりしない。皆いい人である。
次に台風時・停電時B級ホテル側が特に困ること、
1、 沖縄の住宅がそうであるように、ほとんどのホテルが屋上に給水タンクを有する。それは 電気で屋上へポンプアップしている。停電時は水が上がらない。と言うことはそのうちタン クの水が底をつく、シャワーなど2~3日入らずとも平気だが、トイレはどうするトイレは! 考えただけでぞっとする。
2、 台風で閉じ込められてやむなく延泊し、余分な出費。“内心ホテルはホクホク”とお思い でしょうが、そんなことはない! 最近の人は賢い。台風発生沖縄直撃の可能性あり!などと報道されると日程を繰り上げてとっとと帰ります。おかげで空室多数あり!
3、 これは深刻な問題。停電すると冷凍庫と冷蔵庫の中の食材は24時間も経つとほとんど ダメになる。特に高級食材を失うと涙が出るほどイタイ。
(冷蔵庫の中の推定総資産30~40万円なり)
まあいろいろ書きましたが、コザにおける台風は、一般的に建物も頑強にできており、地形状(高台にある。海抜約100メートル)大水も少なく、被害を受ける確率はかなり低いように思う。
必要以上に恐れるのではなく、無茶をせずにじっとホテルで天候の回復を待ちつつ、この機会に地元の人や各地から来た方々とふれあい、そして見聞を広げ、お友達も増える。という事こそ《正しいコザでの台風の過ごし方》ではなかろうか。
完
2006年09月01日
観光地駐車料金徴収管理財団
朝8月31日付けの沖縄タイムス朝刊で興味深い記事を見つけた。
某大手旅行代理店が観光施設の駐車場を有料化する旨を沖縄県に提案をしているというもの。
B級ホテルとはいえ観光業界の片割れ。気にならないはずはない。
その提案の理由としては、観光施設におけるトイレや駐車場の整備の為の財源確保だというのだ。
整備する予算がないのであればその財源は受益者で負担すると言うのが公平な考え方かもしれない。
という事は、鉄軌道がなく車しか移動の手段を持たない俺達県民も「こどもの国」や「ちゅら海水族館」に行くのに入場料以外に駐車料金を払うわけだね。県市民税・自動車税・ガソリン税、払っているのにね。
おもいつつ読み進むうちに、どうも統一的有料化は現段階では困難であるとの見通しで、レンタカーのみの有料化を検討するとの事らしい。
よーするに、観光客からふんだっくちゃえ!県民はその限りでなし。許す!
これで賛同得られる。丸く収まる・・・か?
話は変わり、旅行代理店の仕事と言うのは主に手配案内業。知識情報のない素人に代わって航空券・JR・レンタカー・宿・観光バス、その他もろもろの手配、さらにはわがままな団体客の添乗業務。旅行業界において花形スーパースターである。
その対価はその手配の中で発生する料金からの手数料である。
これは何も恥ずべきことではなく当然の報酬だと私は考える。
近年の世界の観光業界の発展は旅行代理店を抜きにしては考えられない。
常に業界をリードし商品を発掘・開発・販売してきた貢献度たるや計り知れないものがある。
しかしその神話もいまや崩れつつある。
ITの飛躍的な普及により目的地の情報収集から手配・決算まですべてがインターネット上で行えることが可能になり、旅行者自身が代理店に足を運ばなくなってきた。
そして街中から小さな代理店が姿を消してゆく。
観光地駐車料金問題に話を戻すが、さて気になるのはその観光客だけに絞った料金の徴収方法とはいかなるものか、タイムスの記事によると
《駐車代金は旅行代理店が、航空券とホテル代、レンタカーのパック型旅行商品に組み込む形で販売》
《料金の8-9割は各施設が駐車場や屋外トイレなどインフラ整備に活用、残りは販売手数料として旅行代理店などの収入になる》
つまり旅行商品に組み込むことによって料金を事前に回収する。販売手数料として代理店の収益となる仕組みだ。
今朝の新聞記事を読んだだけで情報がなく、業界の真意も提案の内容も正確には知らないが、何か琴線に触れるものがある。
県民の一人として、末席ながら業界の一員として、いても立ってもいられず情報不足も承知の上で書いてみた次第である。
この問題、今後も皆様と共に考えてみたい。
追記 今、思いつくままの問題点
* 観光客と地元客をどう区別するのか?レンタカーのみでよいのか?受益者負担というなら観光タクシー・ハイヤー・バスもその範疇。不公平な負担感に観光者の反応はどうなろうか。
* 料金徴集にかかる費用と対効果は?例えば徴収員の増員、経理、金銭管理等今まで以上に人 員が必要になってくる筈だ。余剰は出ますか?
* ここぞとばかりに料金徴収管理財団(仮称)などというものが出来たりして国や県のお役人がごっそり天下ってくる。なんてことはないよね。絶対。
完
某大手旅行代理店が観光施設の駐車場を有料化する旨を沖縄県に提案をしているというもの。
B級ホテルとはいえ観光業界の片割れ。気にならないはずはない。
その提案の理由としては、観光施設におけるトイレや駐車場の整備の為の財源確保だというのだ。
整備する予算がないのであればその財源は受益者で負担すると言うのが公平な考え方かもしれない。
という事は、鉄軌道がなく車しか移動の手段を持たない俺達県民も「こどもの国」や「ちゅら海水族館」に行くのに入場料以外に駐車料金を払うわけだね。県市民税・自動車税・ガソリン税、払っているのにね。
おもいつつ読み進むうちに、どうも統一的有料化は現段階では困難であるとの見通しで、レンタカーのみの有料化を検討するとの事らしい。
よーするに、観光客からふんだっくちゃえ!県民はその限りでなし。許す!
これで賛同得られる。丸く収まる・・・か?
話は変わり、旅行代理店の仕事と言うのは主に手配案内業。知識情報のない素人に代わって航空券・JR・レンタカー・宿・観光バス、その他もろもろの手配、さらにはわがままな団体客の添乗業務。旅行業界において花形スーパースターである。
その対価はその手配の中で発生する料金からの手数料である。
これは何も恥ずべきことではなく当然の報酬だと私は考える。
近年の世界の観光業界の発展は旅行代理店を抜きにしては考えられない。
常に業界をリードし商品を発掘・開発・販売してきた貢献度たるや計り知れないものがある。
しかしその神話もいまや崩れつつある。
ITの飛躍的な普及により目的地の情報収集から手配・決算まですべてがインターネット上で行えることが可能になり、旅行者自身が代理店に足を運ばなくなってきた。
そして街中から小さな代理店が姿を消してゆく。
観光地駐車料金問題に話を戻すが、さて気になるのはその観光客だけに絞った料金の徴収方法とはいかなるものか、タイムスの記事によると
《駐車代金は旅行代理店が、航空券とホテル代、レンタカーのパック型旅行商品に組み込む形で販売》
《料金の8-9割は各施設が駐車場や屋外トイレなどインフラ整備に活用、残りは販売手数料として旅行代理店などの収入になる》
つまり旅行商品に組み込むことによって料金を事前に回収する。販売手数料として代理店の収益となる仕組みだ。
今朝の新聞記事を読んだだけで情報がなく、業界の真意も提案の内容も正確には知らないが、何か琴線に触れるものがある。
県民の一人として、末席ながら業界の一員として、いても立ってもいられず情報不足も承知の上で書いてみた次第である。
この問題、今後も皆様と共に考えてみたい。
追記 今、思いつくままの問題点
* 観光客と地元客をどう区別するのか?レンタカーのみでよいのか?受益者負担というなら観光タクシー・ハイヤー・バスもその範疇。不公平な負担感に観光者の反応はどうなろうか。
* 料金徴集にかかる費用と対効果は?例えば徴収員の増員、経理、金銭管理等今まで以上に人 員が必要になってくる筈だ。余剰は出ますか?
* ここぞとばかりに料金徴収管理財団(仮称)などというものが出来たりして国や県のお役人がごっそり天下ってくる。なんてことはないよね。絶対。
完
